音楽を聴いて泣いた日

大阪のどこかのお店で、僕は今この記事を書いている。

 

 

 

今日は日本センチュリー交響楽団の定期演奏会。

 

 

 

いつもならまだ家にいて、家事をしながら今日演奏する曲を聴いたり、或いはピアノに向かって楽譜を書いたりしている時分である。

 

 

 

 

 

にも関わらず、今日に限って既に市内まで足を運んでいるのは、どうしても観たい映画が今日の午前中、梅田の映画館でしかやっていなかったからだ。

 

 

 

しかも今日が上映の最終日。

 

 

 

今日を逃したらもう二度と観ることはできない。(誇張ではなく、ディスク化やテレビ放送するのかも分からない小さなドキュメント映画なので、十分に可能性は考えられる)

 

 

 

その映画とは

 

 

BILL EVANS   TIME REMEMBERED

  -THE LIFE AND MUSIC OF BILL EVANS-

 

billevanstimeremenbered

 

 

ジャズを知らない人でも、名前だけは聴いたことのある天才ピアニスト、ビル・エヴァンス。

 

 

 

そんな彼の生涯を追った、80分間のドキュメンタリー。

 

 

 

 

 

 

映画を観終えて会場を後にした時

 

 

 

自分がビル・エヴァンスのことを本当に好きなことを理解できた。

 

 

 

彼の音楽・ピアノに向かうその姿勢に大変な感銘を受け

 

 

 

最高に幸せな時間を何度も経験しながら、その裏で大変な苦痛を常に背負い続けていた人生に、衝撃を受けた。

 

 

 

そして、とにかく彼がたくさんの人を幸せにし、たくさんの人から愛されていたことを知り、何故か大変嬉しくなった。

 

 

 

 

 

 

彼は、4~5歳のころからクラシックのピアノを習っており、いつも夕食を終えるや否やすぐピアノに向かっていたそうだ。

 

 

 

そのためか、9歳ころには相当の譜読みができるレベルに達していたらしい。

 

 

 

高校生になると、いつも朝起きてはすぐにピアノを弾き始め、とにかく暇さえあればピアノを弾いていたという。

 

 

 

大学か、或いは卒業してからの一人暮らしの部屋は大変狭く、ベッドとピアノがほとんどのスペースを占めており

 

 

 

キッチンと冷蔵庫を繋ぐ導線以外は、天井まで積み上げられた新聞紙が埋め尽くしていたという。

 

 

 

 

 

 

彼は、常に美しさを求め続けていたそうです。

 

 

 

それは確かに、彼の弾くピアノの音色がハッキリと証明してくれているように、僕は感じます。

 

 

 

彼の弾くコードは独特な響きを有していて、その音色と相まって唯一無二の音楽を紡ぎ出す。

 

 

 

それだけ、表現する手段を無数に知っていたのです。

 

 

 

僕は自分の気持ちを、ビルの演奏のように事細かにハッキリかつ明確に表現できるほどの語彙を持ち合わせていません。

 

 

 

きっと彼は、普段生活している中でも、美しい言葉を選んで使っていたことでしょう。

 

 

 

 

 

 

僕が、ジャズというものに興味を持ち始めた頃、知っていたのはデイブ・ブルーベックの「テイク・ファイヴ」と、ビル・エヴァンスの「枯葉」だった。

 

 

 

僕は彼の演奏する枯葉がとにかく好きで、よく聴いていた。

 

 

 

(一方、レコード盤のテイク・ファイヴは、ジョー・モレロのドラムソロが僕にとって大変つまらないものだったため、あまり聴かなかったが、ライブの映像・演奏を聴いて、その考えは180°変わる)

 

 

 

そんなある日、誰かと話していて、僕はジャズが好きだと口にし、何が好きかと問われた際に迷わずビル・エヴァンスの枯葉だと答えた。

 

 

 

そこで僕が耳にしたのは「彼のアドリブは全て書き譜だ。アドリブとは呼べないよ、あれは。」という言葉。

 

 

 

ジャズに興味を持ち始めて間もなかった頃の僕は、ジャズについての知識は皆無だった。

 

 

 

アドリブへの変な憧れだけを抱いており、ジャズマンのアドリブと言えばみな書き譜(予めどう演奏するか譜面が書いてある)ではなく即興でやっているものだと信じて疑わなかった。

 

 

 

そんな自分には、とてもショックな一言だった。

 

 

 

 

 

でも、何がショックだったかと言えば、書き譜だろうがなんだろうが、あれだけ素敵な演奏をしているビル・エヴァンスを、しかも自分が純粋に好きだというものにケチを付けられたことだったのだと、今なら分かる。

 

 

 

とは言え、それに反論できるほどの頭があるはずもなく、その時はただ「そうなんだ。」とうなずくのみだった。

 

 

 

今思えば、それを言った相手の名前も顔も覚えていないし、果たしてその人のいうことがどのくらい正しいのかも知らない。

 

 

 

その人が今までどのくらいジャズを聴いてきたかも知らないし、そもそもジャズがプレイできるのかも知らないから、満面の笑みを浮かべて、こう言ってやればよかったのだ。

 

 

 

「ほほぉ!それじゃあ貴方は即興で彼よりもずっと素晴らしい演奏をすることができるんですね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の映画を観て

 

 

 

自分の好きなものを、自信を持って好きだと言っていいこと。

 

 

 

自分が良いと思うものを、とことん追求していいこと。

 

 

 

それらを行動に移す勇気を、彼からもらうことができました。

 

 

 

 

 

 

僕はもっとホルンがうまくなりたい!まるでビルのように、暇さえあればホルンを吹いているような、そんな人間に。

 

 

 

僕はもっとジャズを勉強したい!日本人で、クラシックを勉強してきて、オーケストラで演奏していて、楽譜も書いて、ホルンを吹く自分にしかできないものを追及したい。

 

 

 

僕はもっと様々な言葉を知りたい!普段使わないような言葉だとしても、自分の感じたものをより鮮明に的確に表現できる言葉を口にして、心と言葉と行動を全て一致させたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕の大好きな曲の中に、「アリス・イン・ワンダーランド」というものがあります。

 

 

 

ご存じ、ディズニーアニメやティム・バートンの映画で有名な、あのアリスです。

 

 

 

僕は子供の頃から今でもずーっとアリスのアニメが好きで

 

 

 

そのテーマ曲を、オスカー・ピーターソンのトリオが演奏しているのを聴いた時には

 

 

 

「まさかアリスがジャズで演奏されているだなんて!」と大変嬉しくなりました。

 

 

 

その演奏がこちら。

 

 

 

一緒に演奏しているジョー・パス(Gt.)は言わずもがな、ニールス・ペデルセン(Bs.)が最高にゴキゲンで、何度も繰り返し、飽きることなく聴きまくりました。

 

 

 

 

 

 

 

そして、一番嬉しかったのはビル・エヴァンスもアリスを演奏していたことです。

 

 

 

最初に弾いたコードを耳にした時には、その繊細さと美しさに身体が震えました。

 

 

 

ただ静かに、アリスのメロディを、コードを、温かく紡いでいく。

 

 

 

これも何度も繰り返し聴きました。これを一人静かに聴いている時、純粋に幸せな時間がそこには流れていました。

 

 

 

僕は間違いなく、ビルの演奏するアリスをこの世で一番愛しています。

 

 

 

それを今日、改めて思い出し、改めて確認し、より深く愛でよう。

 

 

 

そう思い、映画館を後にした僕は、イヤホンをつけて、彼の演奏を聴きながら次の目的地へと向かいました。

 

 

 

歩きだして間もなく、僕は歩きながら目に涙を浮かべていた。

 

 

 

ビルが歩んできた人生、幸福と苦痛、美しさの追及、本当に自分が好きなものである確信。

 

 

 

様々な感情が綯交ぜ(ないまぜ)になって溶け出したのだろうか。

 

 

 

もちろん、周りに人がいなかったわけではないので、涙を落とさないように道を進んだが、内心は子供のように顔をくしゃくしゃにして大泣きしたかった。

 

 

 

そして、こう叫びたかった。

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、ビル・エヴァンス。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は、音楽に向かう新しい勇気を1つ手にして、ホールへと向かう。

 

 

日本センチュリー交響楽団定期2019、7月

 

 

 

 

~本日の名言~

絵を見て涙を流す者はいないが、音楽を聴いて涙を流す者はたくさんいる。

 

 

 

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